樹木葬でも成仏はできる?僧侶の見解と宗派の考え方

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葬祭事業者や墓地情報サイトの解説の多くも、金翅鳥院の住職も、樹木葬を選んでも成仏に問題はないと答えています。埋葬の場所や形式で成仏が決まるという考え方に、仏教の側から裏付けは示されていません。そもそも日本初の樹木葬は、岩手県一関市の祥雲寺(現在の名称は知勝院)の住職が発案したものです。

「樹木葬では供養にならないのでは」「故人が浮かばれないのでは」という不安は、墓石の前で手を合わせてきた長年の習慣から生まれます。教義の側から出てきた不安ではありません。

この記事では、日本初の樹木葬の成り立ち、葬祭事業者の解説、金翅鳥院の住職が書いたブログ、浄土真宗と浄土宗の考え方、2025年の調査データ、契約で見落としやすい点を順に説明します。読み終えるころには、成仏の不安を家族にどう伝えるか、契約の前に何を確かめるかが分かります。

目次

日本初の樹木葬は1999年に岩手県一関市の祥雲寺で始まった

樹木葬とは、樹木や草花で彩られた少人数向けのお墓のことです。墓石の代わりに、樹木や草花が墓標になります。永代供養がセットになった永代供養墓の一種として紹介されることが多く、広い林や里山のような場所が墓地になる点が、墓石の並ぶ従来の墓地との大きな違いです。新しく植えた樹木と、故人の名を記した小さな木の札が、埋葬場所の目印になります。

発案したのは祥雲寺の千坂げんぽう前住職

日本で最初の樹木葬墓地は、岩手県一関市の祥雲寺(現在の名称は知勝院)の千坂げんぽう前住職が発案しました。地元住民の同意を得たうえで、1999年(平成11年)7月に、宗教法人祥雲寺の墓地として一関市から許可を受けています。始まりは1999年、場所は東北地方の禅宗寺院でした。

荒れた里山を墓地にしたのが「里山型」の始まり

この樹木葬は「里山型」と呼ばれる形式です。知勝院は、人の手が入らなくなった里山を購入して墓地として整備し、1999年に樹木葬墓地を開きました。荒れた里山を有効に活用する方法を探した結果、樹木葬にたどり着いたと伝えられています。

出発点は、人の手が入らなくなった山を墓地として生かす方法を探したことでした。

曹洞宗の真光寺も2008年に樹木葬墓地を開設した

千葉県の曹洞宗寺院である真光寺が、2008年に樹木葬墓地を開設したという情報もあります。1999年の一関市から9年後に、千葉県の寺院でも樹木葬墓地が開かれたことになります。ただし、真光寺の取り組みについて、ここで確認できたのは開設の年と宗派までです。

樹木葬は、住職の発案で始まり、寺院の墓地として許可を受けた埋葬の形です。「樹木葬は仏教と無関係の新しい流行だ」という見方は、成り立ちを見るかぎり当てはまりません。

樹木葬で成仏できないと不安になる原因は墓石のない見た目にある

不安の原因は、見た目の違いです。樹木葬は、墓石のある従来のお墓とは見た目が大きく違います。そのため「きちんと供養されるのか」「故人が浮かばれないのではないか」という声が出ると、複数のサイトが説明しています。

日本の伝統的な宗教観と供養の習慣が不安の背景にある

複数のサイトは、不安の背景として、日本の伝統的な宗教観と、代々引き継がれてきた供養の習慣を挙げています。墓石の前に立って手を合わせる。これを長年続けてきた人ほど、墓石のない形に抵抗を覚えやすくなります。

不安の出どころは、教えよりも習慣のほうです。見慣れた形が目の前にない落ち着かなさは自然な反応ですから、否定する必要はありません。ただ、成仏の可否という大きな話に結びつけてしまうと、必要以上に重くなります。

葬祭事業者や墓地情報サイトは「成仏は埋葬の形式で決まらない」と説明している

葬祭事業者や墓地情報サイトの解説の多くは、樹木葬でも成仏に問題はないと説明しています。主な論点は次の4つです。

1つ目は、成仏の条件を埋葬の形式や場所には置かず、供養の心に置く考え方が仏教の根本的な教えにあることです。2つ目は、成仏を仏教における精神的な救済と位置づけ、故人が安らかな境地に至ることを指すと定義していることです。この定義に従えば、成仏は供養の形式によって決まるものではありません。3つ目は、仏教の教えが形式や物質的な要素よりも、供養する人々の心に重きを置いていることです。4つ目は、「自然への回帰」という樹木葬の理念が、むしろ仏教の教えと深く共鳴する部分を持つという説明です。

これらは葬祭事業者や墓地情報サイトの記事で紹介されている説明であり、僧侶個人の発言として確認できたものではありません。次の章では、僧侶本人が書いた文章を見ます。

金翅鳥院の住職は「樹木葬でも悪くはない」と答えた

僧侶本人の見解として確認できたのは、金翅鳥院(こんじちょういん)の住職が書いたブログ記事「樹木葬はダメか?」(2022年5月20日付)です。この記事は、樹木葬では成仏できないという話を聞いて悩んでいた方に答える形で書かれています。

住職は結論として、樹木葬でも悪くはないと述べています。

埋葬の形式そのものはどうでもよいと住職は書いている

住職は、埋葬の形式そのものはどうでもよいものだと述べています。そのうえで、見劣りすると思うからこそ気にするのだろうと書いています。

この言葉は、前の章で見た不安の原因と重なります。不安を生んでいるのは教義ではなく、見た目から受ける印象だということです。

八大仏塔の話から、分骨で成仏しない根拠はないと示している

住職は、お釈迦様の遺骨が分けられて八大仏塔ができた話にも触れています。この話を引いて、「分骨したら成仏しない」といった考えには仏教的な根拠がないと示唆しています。

ここからは私の読み方です。遺骨を1か所にまとめて納めなければ成仏できないという前提を置くと、お釈迦様の遺骨が分けられて仏塔になった話と食い違います。住職が八大仏塔を持ち出した意図は、この食い違いにあると読めます。

すでに埋葬した人への助言は、年忌法要とお盆とお彼岸

すでに樹木葬で埋葬を済ませた人に向けて、住職は悔やまないよう助言しています。代わりに大切にしてほしいこととして挙げているのは、年忌法要、お盆、お彼岸の供養をしっかり行うことです。

この助言の中心は、どこに埋葬したかではなく、その後どう供養を続けるかにあります。葬祭事業者や墓地情報サイトの解説が供養の心を重んじていたことと、方向は同じです。

この見解は一人の僧侶のものであり、全体の総意ではない

ここまでの内容は、金翅鳥院の住職という一人の僧侶の見解です。僧侶全体の総意ではありません。宗派や寺院によって考え方が異なる可能性は残ります。この記事で言えるのは、確認できた僧侶の文章が樹木葬を否定していなかった、というところまでです。

浄土真宗では埋葬の形が往生を左右しない

浄土真宗は、「南無阿弥陀仏」と唱えることで誰でも救われるという「他力本願」の教えです。亡くなった方は阿弥陀如来の力によって、すぐに極楽浄土に導かれるとされています。

追善供養を行わない理由は、故人がすでに導かれているから

この教えのため、浄土真宗には、他の宗派のように供養によって故人の冥福を祈るという概念がありません。信心を持ち念仏を唱えれば、亡くなった後に阿弥陀如来の導きで極楽浄土へ行くとされます。故人の幸せを願って祈る追善供養は、必要ないという立場です。永代供養や追善供養を行わないのが教義の基本だと、葬祭事業者のサイトは説明しています。

成仏という点に絞ると、浄土真宗では、お墓の形が何であっても、亡くなった方は阿弥陀如来の力で浄土に導かれます。埋葬の形式が往生を左右するという発想が、教えの中にありません。この教えに立つなら、樹木葬だから成仏できないという心配は出てきません。

永代供養墓の利用は可能で、永代経と永代供養は別のもの

教義上は永代供養という考え方がなくても、浄土真宗の信者が永代供養墓を利用することは可能だと、葬祭事業者のサイトは説明しています。教義と、お墓の運営上の仕組みは、別の話として扱われているわけです。

もう1点、紛らわしい言葉があります。永代経と永代供養は、全く違うものです。永代経は、自分たちの代わりにお寺に故人の供養を任せるものではありません。字面が似ているため混同しやすいのですが、役割が違います。

浄土宗では念仏による往生が成仏の鍵になる

浄土宗では、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることによって、死後に阿弥陀仏の浄土(極楽)に往生し、最終的には成仏できるとされています。

浄土真宗と同じく、ここでも成仏の鍵になるのは念仏です。お墓の形式は鍵に含まれていません。念仏を唱える人が往生するという筋道の中に、樹木か墓石かを分ける要素は出てきません。

曹洞宗など他の宗派の位置づけは、ここでは確認できていない

曹洞宗の寺院が樹木葬墓地を設けている例があることは、前に書いたとおりです。ただし、曹洞宗をはじめとする他の宗派が、樹木葬と成仏をどう位置づけているかを具体的に示す情報は、今回確認できませんでした。

分かっていることと分かっていないことを、次の表に分けます。

宗派・立場確認できた内容確認できていない内容
浄土真宗阿弥陀如来の力で、すぐに極楽浄土へ導かれる。追善供養は行わない。永代供養墓の利用は可能樹木葬そのものに対する教団の公式な立場
浄土宗念仏で極楽に往生し、最終的に成仏できる樹木葬そのものに対する教団の公式な立場
曹洞宗真光寺が2008年に樹木葬墓地を開設樹木葬と成仏の関係についての具体的な説明
金翅鳥院の住職樹木葬でも悪くはない。年忌法要やお盆、お彼岸の供養が大切所属する宗派の教団としての立場

自分の家の宗派や菩提寺の考え方が気になる場合は、推測で判断せず、寺院に直接たずねるのがいちばん確実です。

樹木葬の購入者は2025年の調査で48.5%に達した

樹木葬は、すでに特別な選択肢ではありません。株式会社鎌倉新書が2025年1月に実施した「第16回 お墓の消費者全国実態調査(2025年)」の結果を、次の表に示します。

項目結果
樹木葬の購入比率48.5%(約半数)
一般墓の購入比率17.0%
納骨堂の購入比率16.1%
合祀墓・合葬墓の購入比率14.6%
樹木葬購入者の居住エリア関東が55%で最多
平均購入金額(一般墓)155.7万円
平均購入金額(樹木葬)67.8万円
平均購入金額(納骨堂)79.3万円

この調査は、2024年1月から12月にお墓のポータルサイト「いいお墓」経由で購入した人を対象にしています。調査期間は2025年1月17日から31日で、インターネット調査により有効回答数715件を集計しました。日本全体の埋葬状況をそのまま表す数字ではない点には、注意が必要です。

それでも、購入されたお墓のうち樹木葬が48.5%を占めた事実は動きません。平均購入金額は、一般墓の155.7万円に対して樹木葬は67.8万円で、約88万円の開きがありました。樹木葬の購入者の居住エリアは関東が最多ですが、他の地域にも選択が広がっています。

なお、鎌倉新書は「第17回 お墓の消費者全国実態調査(2026年)」も公表しています。この記事では、確認できた数値をもとに、第16回の結果を使いました。最新の数字を引用する場合は、公表元で直接確かめてください。

樹木葬を選ぶ最大の理由は継承の問題で、45.2%が後継者への配慮を挙げた

選ぶ人が増えている理由は、信仰ではなく、お墓を継ぐ人の問題です。鎌倉新書の「第2回 樹木葬の消費者全国実態調査(2025年)」では、前回に続いて継承問題が最大の選択理由になりました。最も多かった回答は「子どもや後継者に迷惑をかけたくない」で45.2%、次いで「継承者がいない(近い将来いなくなる)」が29.6%でした。調査報告のタイトルには、自分らしさやペットとの共葬へのニーズが広がっていることも示されています。

前年の「樹木葬の消費者全国実態調査(2024年)」では、873人の購入者のうち653人、約75%が「継承の課題」を理由に樹木葬を選んでいました。2年続けて、継承の問題が選択理由の中心にあります。

選択理由の最上位にあるのは、後を継ぐ人に負担をかけたくないという現実的な事情です。そのうえ「成仏できないのでは」という不安まで抱えてしまうのは、気の毒な話です。ここまで見てきたとおり、その不安には仏教の側から裏付けが示されていません。

成仏の不安より先に確かめるべきは、合祀への移行と遺骨の取り出し

樹木葬で起こりやすいトラブルや後悔は、教義の問題というより、契約内容や周囲の理解に関わるものが中心です。トラブルが多いのは、立地、景観、費用、返骨の有無、個別に安置される期間などです。後悔のほとんどは、事前のリサーチや確認の不足が原因だと、墓地情報サイトは説明しています。

確認する点起こりうること
使用期限の有無期限が過ぎると合祀に移行され、遺骨を取り出せなくなる
納骨の形式合葬の場合は他の方の遺骨と一緒に直接埋葬されるため、後から取り出せない
個別に安置される期間トラブルが多い項目の1つ。期間を契約前に確かめる
返骨の有無トラブルが多い項目の1つ。返骨があるかを契約前に確かめる
改葬の可否と費用改葬できるのか、できる場合の費用や手続きはどうなるのかを契約前に確かめる
管理内容とお参りの方法管理の中身とお参りの方法を契約前に確かめる

契約の前には、埋葬の形態、使用期間、管理内容、お参りの方法、改葬の可否、改葬する場合の費用や手続きを、すべて確認します。ここを曖昧にしたまま契約すると、あとから後悔しやすくなります。

親族の反対は、成仏の議論より現実に起こりやすい問題

親族の理解不足によるトラブルもあります。「先祖代々のお墓を継がないのか」と批判される。「お墓がないなんて供養として不十分」と思われる。「遺骨が土に還ることに抵抗がある」という意見が出る。本人の希望で樹木葬にしたものの、残された家族が反対して親族間でもめる。こうした例が実際にあります。

成仏に関する不安の多くは、教義の問題というより、家族や親族が納得できるかという人間関係の問題として表れます。親族を説得する場面では、この記事で見た材料が使えます。日本初の樹木葬が住職の発案で始まったこと、金翅鳥院の住職が悪くはないと答えていること、浄土真宗や浄土宗では念仏による往生が中心でお墓の形式は鍵にならないこと。反対している相手には、まず事実を静かに並べるところから始めるのが現実的です。

樹木葬と成仏のよくある疑問に答えます

分骨や樹木葬にすると、成仏できなくなるのですか

できなくなるという根拠は、確認できた範囲にありません。金翅鳥院の住職は、お釈迦様の遺骨が分けられて八大仏塔ができた話を引いて、分骨したら成仏しないという考えには仏教的な根拠がないと示唆しています。葬祭事業者や墓地情報サイトの解説も、成仏の条件を埋葬の形式や場所ではなく、供養の心に置いています。

浄土真宗の家でも、永代供養墓を利用できますか

浄土真宗には永代供養という考え方がありませんが、信者が永代供養墓を利用することは可能だと、葬祭事業者のサイトは説明しています。教義の話と、お墓の運営の仕組みは別です。樹木葬は永代供養がセットになったお墓の一種として紹介されることが多いため、利用を考えている場合は、菩提寺と墓地の運営者の両方に確認すると確実です。

すでに樹木葬で埋葬した後に不安になったら、どうすればよいですか

金翅鳥院の住職の助言は、悔やまないことと、年忌法要、お盆、お彼岸の供養をしっかり行うことでした。埋葬を変えることではなく、これからの供養を続けることに重心が置かれています。

合祀に移ると、遺骨は取り出せなくなりますか

使用期限を設けた樹木葬では、期限を過ぎると合祀に移行され、遺骨を取り出せなくなります。納骨の形式が合葬の場合も、他の方の遺骨と一緒に直接埋葬されるため、後から取り出せません。成仏の問題ではなく契約の問題ですから、使用期限と納骨の形式は、契約の段階で必ず確認してください。

迷ったときの結論は、成仏の不安より契約書を読むこと

ここまでの内容を、1つの結論にまとめます。樹木葬を選んでも成仏に問題はない、という答えで構いません。理由は、確認できた僧侶の文章が樹木葬を否定していなかったこと、浄土真宗や浄土宗の教えの筋道に埋葬の形式が入っていないこと、そして日本初の樹木葬自体が住職の発案だったことです。

一方で、それは「何も確かめなくてよい」という意味ではありません。使用期限、合葬か個別か、返骨、改葬の費用。こうした契約の中身は、成仏とは別の問題として、きちんと読む必要があります。後悔の多くは、この確認不足から来ています。

最後に、慎重に扱ってほしい点を1つ書きます。この記事で確認できた僧侶本人の文章は、金翅鳥院の住職のブログ1本です。曹洞宗をはじめ、他の宗派の見解は確認できていません。自分の家の宗派や菩提寺の考え方は、寺院に直接たずねてください。

成仏を心配する気持ちは、故人を大切に思っているからこそ出てくるものです。その気持ちは、お墓の形ではなく、年忌法要やお盆、お彼岸に手を合わせることで、これからも故人に届けられます。

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